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みじかいおはなしたち

ためらわない橋
 場内アナウンス「まもなく開場いたしますが、門が開かれましたら、そのまま真っすぐ進んでいただいたところに橋がごさいます、この橋が生死の分かれ目となります。
 橋を渡った向こうの地に両足が着いた時点で、もうこの世には帰って来られません。
 途中で怖くなって引き返していただいても構いませんが、両足が着いてしまったらもう最後、死んだということです・・・。」
 司会者「いやー、大変なものができましたね、生死の分かれ目の橋ですか、すごいものですね。
 今日はこの記念すべきイベントに人生評論家の金野有造先生をお招きしていろいろとお話を伺ってまいります。
 イヤー先生、それにしても大変な試みですね、どれだけの人が参加するのでしょうか、施設の回りにはかなりの人が詰めかけているようですが、橋を渡る人なんて実際いるのでしょうかね」
 金野先生「橋を渡る人なんて、まずいないでしょう、集まっている人はみんな野次馬でしょう、興味本位で集まっているだけでしょう。
 人間誰しも死ぬのは嫌ですから、ましてやここは日本ですよ、恵まれている国ですよ、どこかの国のように自殺志願者なんて世間が言うほどいませんよ。
 この国の大部分の人はみんな旅行や愛車に乗って家族でドライブ、それにグルメに音楽芸能芸術鑑賞、ライブというように楽しいこと、ワクワクすることに囲まれて生活していますからね。
 私も明日、北海道の大学に行っている娘が帰ってくるので家族そろってドライブでもしようと思っていましてね、楽しみですよ」
 司会者「でも、みんながみんな楽しく暮らしているわけではないでしょう」
 金野先生「そりゃー中には貧しい人もいるでしょう、お金があるということは、それだけ働いているということです、私なんかこのところ執筆や収録でほとんど寝る間もありませんよ」
 司会者「ああ、うちのスタッフがあの高級ホテルまでお迎えに行ったそうですね、原稿を書かれていたのですか、いつもあのホテルなんですか」
 金野先生「まあそうですね、執筆するにはそれなりの環境も必要ですから」
 司会者「テレビへのご出演も多いですが、収録の場合はほとんどが待ち時間だそうですね、退屈されて大変でしょうね」
 金野先生「ええ、そうですよ、待つのは辛いですよ、それにテレビへの出演はМCや他のゲストにも気を使わないといけないし、執筆の場合でも出版関係の人間にもそれなりのことをしなきゃあならないし、でもそれを乗り切ることに意味と意義があるんですよ」
 司会者「なるほど権力を持っている人とか、人気のある人には気を遣う、気配りとかも、それはそれなりに大変だということなんでしょうかね」
 金野先生「うぅ、・・・」
 司会者「あっ門が開いたようで、大勢の人か橋の方に向かっています、果たして橋を渡る人はいるのでしょうか」
 金野先生「いませんよ、そもそもね・・・」
 司会者「ちょっと待ってください、どんどん橋を、途切れることなく、何のためらいなく、みなさん橋を渡っていますよ、あっ何人かはもう消えてしまいました、これはどういうことでしょう」
 金野先生「わ、分かりません、・・・みんな振り向きもせず橋を渡っている、立ち止まる者などいない、どういうことだ、どうなっているんだこれは・・・分からない私には、死を恐れていないということか」
 司会者「それだけこの世の中、生きづらいということでしょうか、この世の中は生き地獄、地獄から天国への旅立ちなんでょうか、生きていればいいこともあるかもしれないというのに、ねえ先生」
 金野先生「そうですよ、いいこともある・・・『あるのかな・・・』、辛いことばかりじゃあないし、輝かしい明日というものを信じてさえおればきっと良いことが・・・『あるのかな・・・』
あっそうか、ちょっと用事を思い出したので失礼します」
 司会者「えっ、先生どちらへ、先生、あああ列に入っちゃった・・・。
 先生が橋を渡った・・・消えちゃった、こんなのアリ、まあこんなもんか、さあ私もボチボチ行こうか、ではごきげんようさようなら」


悩む人
 人は皆悩んでいる、苦しんでいる、それがまるで天職のように。
 何でも悩みの種にしてしまう人も結構いるくらいだ。
 まるで先が見えない暗さと憂鬱が支配する世界こそ我が居場所であるように。
 たとえそこから出ることがあってもまた直ぐに戻ってくる。
 帰りの道を忘れることはない。
 木下さんも悩んでいた、あることで日々悩んでいた。
 木下さんはいつまでもクヨクヨ悩んでいても仕方ない、なるようにしかならないと思いながら日々悩んでいた。
 しかし木下さんはこの悩みもいつか終わることも知っていた。
 終わった後にすぐ次の悩みが来ることも何となく分っていたが、それも含めてすべてが解決し終わったときに、苦悩、苦痛から解放されると思ってはいる。
 その日がいつ来るのかは分からないにしても、その日が来たとき自分はどうなるのかと考えた。
 その日が来たら心に何の憂いもなく清々しく生きていけるのだろうか、そうかもしれない、しかしそう感じるには条件が一つある。
 それはそのとき自分が生きているということだ。
 そもそも苦というものがなければ人類は生き延びてこられたか、苦が人間の原動力となっているのでは。
 苦悩がなくなることと生がなくなることとは無関係のことだろうか。
 考えてみれば自分は子どものころから、ずっと何かに怯え、何かから逃げ回っていた、楽しいという思いはすぐに何かによって消されていた。
 そのことは今も変わらない。
 してみると生イコール苦とならないか、もしそうなるなら苦がなくなることは生がなくなることになる。
 死ぬまで苦悩と一緒なのか、それならそれでいいのかもしれない。
 いや、いい悪いのではなく、そうなっているのだ。
 苦悩の連続の自分は不幸なのか、だったら幸せな人はどこにいるのか、連れてきて欲しい、紹介してほしい、誰も出てこない。
 子どものころ、父から男は常にファイティングスピリッツを持つ続けなければならないと教えられたが、何に対してファイティングスピリッツを持つのか、相手は誰なのか。
 どうもがいても生イコール苦なら苦しんでいることは、それはそれで結構なことなのか。
 人生、人の一生はそんなもんなのか・・・。
 その答えははっきりしてる、そんなもんだ!


未来病院
 来院者A「あのー、私は何番の窓口に行けばいいのでしょうか」
 事務員「カードをお出しください、ちよっとお借りします、ああ、あなたの場合は10番ですね」
 来院者A「あのー、10番の窓口に行けばいいと聞きましたが、ここでいいのでしょうか、随分混雑していますね、1番から9番は空いているようですが」
 来院者B「そうですよ、一桁の番号は資産家さんたち、お金持ち専門の窓口ですよ、ここらは貧乏人の方が多いということですよ、ほらカードを渡したでしょう、あれに全て記録されているんですよ、財産資産状況とかが」
 来院者A「そうなんですか、お金があるかないかですか」
 来院者B「ええ、最近になって人間の体の状態、体質が以前と比べて大きく変化していることが分かったということで、それに伴って医療技術は猛スピードで、目まぐるしいくらい日々進歩していますが、それに健康保険制度が追いつけないからですよ、昨日まで保険適用だった治療方は今日はもう使えないということですよ、ほとんどの治療が保険適用外ですよ」
 来院者A「お金がない我々はどうすればいいのですか」
 来院者B「ここにいて、今となっては効果が期待できなくなった治療を短時間受ければいいだけですよ」
 来院者A「それでどうなるのですか」
 来院者B「まあ症状は悪化しますが、これもあながち悪いことでもないようです」
 来院者A「どういうことですか」
 来院者B「これだけ貧乏人が多いと病院の方も大変なので、一人の患者に関わっている時間を節約するため、早く方を付けるということです」
 来院者A「はあ?」
 来院者B「楽に逝かしてもらえるということですよ」
 来院者A「楽に?」
 来院者B「そうですよ、痛みも何も感じることなくお終い、注射一本即あの世行き」
 来院者A「それって安楽死のことですか」
 来院者B「そうですよ、日本では安楽死は相当の条件をクリアしない限り認められていませんが、この際は仕方ないということで国も黙認していますよ」
 来院者A「はあ、そうなんですか、それでお金持ちの人たちは、どうなんですか」
 来院者B「それがね、日進月歩の進歩と言っても、確立した医療技術はまだない部分が多くて、結構副作用か何かで苦しんでいる人が多いみたいですよ、まあ、生きていることには違いありませんが。
 ああ、あの一番の窓口にいる人、かなりの資産家ですが、症状が重い、本人はもう楽に逝きたいと思っていても、周りがそうはさせない、遺言書を書くまでは、それでちょっとでも体調の良くなる日を待っているんですよ、そこで一気に書いてしまう、まあ、ずっと苦しんでいるそうですけど、辛い話ですよ」
 来院者A「楽に死ぬか、苦しんで生き続けるかの選択のようですね」
 来院者B「いや、選択となるとまた悩みますが、もう答えは決められているので楽なものですよ」
 来院者A「それでいいと思っていらっしゃるのですね」
 来院者B「もうこの年ですからね、お金がないから残すものもない、未練もない、人に頼られることもないし、何もないから、その分人を悲しませることもそれだけ少ない」

 その後来院者Bさんを見かけた人はいない、来院者Aさんもそのうちに・・・。


タレント候補
 その年の総選挙は大勢のタレント候補をやみくもに擁立した与党が圧勝した。
 首都圏でトップ当選したアイドルの記者会見が開かれた。
 進行役「それでは質問のある方は挙手願います」
 「はい」
 進行役「では社名とお名前を言ってから質問をしてください」
 記者「リベラル新聞の田中と申します、
政府の安全保障新戦略についてのご意見とそれから金融緩和政策についてもお聞きしたいと思います、お考えをお聞かせください」
 タレント候補「はあ?、何それ」
 進行役「君失礼にもほどがあるよ、何て質問をするんだ、渚ちゃんは日本のアイドルで全国最年少でトップ当選した方だよ、当選したばかりなのに、そんなこと分かるわけないだろう、これから勉強していくんだ、そうでしょう、渚ちゃん」
 タレント候補「はあ、はい勉強するの私、握手会もあるんだけど」
 記者「あちこちで握手され、それが好印象をもたらしたと聞いてはいますが、勉強して選挙に出られたんじゃあないのですか」
 進行役「君ねえ、さっきも言ったように、渚ちゃんはトップアイドルなんだよ、そんな暇なんかあるわけないだろう、それくらい分かるだろう」
 記者「いえ、それでもある程度の見識はお持ちだと思いますので、その当たりをお聞きしようと思い・・・」
 進行役「もういい、君これは明らかな名誉棄損だよ、テレビ中継もしている中で渚ちゃんの名誉を著しく傷つけた、これは無視できないことだよ、直ちに訴訟の手続きに入る、人を侮るのもほどほどにしろ」
 記者は名誉棄損で訴えられ、罰金刑は免れないと思われたが、首相の意図が働いたのか首相への忖度かは定かではないが、記者は禁固刑に処せられた。

 三権分立とは言え国の平和と安全を守るためには司法もそれなりの協力をする必要がある、このことについては大半の有権者も理解しているところであると首相は語っていた。
 これに対する反論はなかった。


普通の老人
 老人は自分が老人であることを知らなかった。
 老人は天気の良い日、いやよほどの雨でない限り長屋の前で椅子に座っている。
 その椅子は始めからそこにあったのか、それとも自分で持ち出してきたのか。
 老人にとってそれはどうでもいいことだった。
 老人は椅子に座って薄っすら目を開けて何かを見ている。
 何を見ているかは分からないものの、その表情から悲しみは感じ取れない。
 むしろ穏やかで安定した雰囲気があった。
 老人の見る世界、それは立体感に乏しくモノクロ調だが濃淡はあった。
 耳にするものはみな同じように聞こえていた。
 感じるものは大きな運動その刺激、小さな運動、速い運動、遅い運動だった。
 老人はそれ以外にも何かを感じてはいるが、それが何かは誰にも分らない、元より感じている対象などないのかもしれない。
しかし何かを感じている、体が微かに反応している。

 ある日二人の女性が老人を訪ねてきた。
 「おじいちゃん、この人分る?」
 老人は黙っている。
 「分からないの」
 老人は小さく頷いた。
 小さくて弱い運動だった。
 もう一人の女性が「おじいちゃん」と声を上げて老人の肩を強く揺すった。
 老人の体は揺れ動いた。
 大きくて強い運動、刺激だった。
 その女性とあの日の風との差はない。
 その女性がどういう人か、老人にとってそれは認識の対象外だった。
 過去も未来も他者も自分もないこの世界を老人は「善し」と肯定している。
 それだけだ。
 老人にはこうなればいい、ああなればいいとかの思いなど何もない。
 ただひたすら何かを見つめていた、見えない目で。

 ある日突風が老人を襲い老人の体は大きく揺れた。
 大きくて強い運動、刺激だった。

 また風の強い日、老人は椅子に座って空を眺めていたとき、砂塵が老人の顔をたたきつけた、老人はそれを我が身のこととは思わなかった。
 ただそこに自然の振る舞いについての強い刺激があった。
 砂塵は通りかかった人の顔もたたきつけた。
 老人はそれを他人事とは思わなかった。
 老人のいる世界には自分も他人もいない。
 砂塵はいつ収まるのか、老人の知るところではなかった。
 老人のいる世界には時間に関わる思いなどもない。
 そこには強い思い、弱い思いなど様々な思いがただの思いとしてあるに過ぎない、老人はそんな世界にいる、そしてそのことを老人は何となく知っていた。

 ある日、あるご婦人「今日もいいお天気ですね」と微笑みかけた。
 老人も軽く会釈した。
 比較的小さくてゆっくりした運動だった。

 ある日、椅子に座っている老人をある若者が目にした、若者には老人が生きているのか死んでいるのか分からなかった。
 老人の姿が一瞬消え、そして又現れた、それは光の反射のせいか、若者には分からなかった。

 ある日、老人は死んでいた。
 いつ死んだのか、老人も誰も知らない。
 あのご婦人が原っぱの隅に積まれた石の方に向かい、そこに膝をついて野花を手向け両手を合わせた。
 ゆっくりした比較的小さな運動だ。
 真理空間の中にいた老人は幸せに死んだのか。
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